ケニア国旗の意味や由来

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ケニアは素晴らしい!

何故なら国旗に託した想いが、

ちゃんと統治に反映されているからです!

国旗の意味、どのような国家運営をしているのか。

国旗制定までの流れ…

そしてデザインの渋さについて学びましょう!

マサイ族で有名なケニアですが、果たしてどんな国なのか!

こうご期待!

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目次

ケニア国旗の意味

ケニア国旗の由来

ケニアの由来

基礎情報(外務省HPより)

まとめ

 

 

ケニア国旗の意味

 

ケニア国旗は横三色旗に意匠が入ったタイプの国旗です。

まぁ…厳密には白が入っているので横三色ではないのですが…

旗比率は2:3。

中央に意匠が入っているタイプで良く採用されている比率ですね。

 

ケニア国旗のデザインは、「ケニア・アフリカ人民族同盟」(KANU)

の党旗から来ています。

KANUはケニアの独立解法の為に戦ってきました。

KANUの党旗は…ごめんね…良いのが見つからなかったから…

文章で説明するね…

 

KANUの党旗は、ケニア国旗の白線の無い黒・赤・緑の横三色旗です。

そして中央にケニア国旗の中央にある意匠が白抜きの状態で配置されています。

厳密には槍の交叉の角度がより緩やかになっていますし、赤の中に完全に意匠が

収まっていますが、大体そんなイメージで良いと思います。

 

色の意味について触れて行きます。

 

黒はケニア国民を表しています。

黒人の国でしょうからこの色のチョイスは妥当ですね。

 

余談ですが、そう言えば(?)肌の色を国旗に取り入れているのって

黒人国家が多いイメージがありますね。

私はアジアの国で肌の色が黄色だから旗に黄色を入れている!!

とか寡聞にして知りませぬ…

そもそも論からして黄色人種、の肌が黄色っておかしくね?とは

思っていますが…

普通に肌色だよなぁ…(自分の腕を視つつ)

何が黄色なんだ…解せぬ…

そう言う意味では明確に黒!なので自分達のアイデンティティとして

黒色を取り入れ易いのかもしれませんね。

黄色は俺達の色だ!!とか日本人が言ってもピンとこない気がしますが、

黒人の人が黒色は俺達の色だ!!と主張してもそうだね!となりますよね。

 

次に赤色です。

この赤色は解放闘争で流された戦士たちの血を表しています。

まぁ、植民地から独立闘争した国の国旗の赤は大体こういう由来が多いですね。

 

ん?これ赤なの?

…。

解りますよその気持ち。

確かにこの赤(?)は…日本的に言うと朱色とか柿色って感じですが…

ケニアレッド、と呼ばれているらしいですよ。

真っ赤な赤色よりもこちらの暗めの赤の方が上下の黒と暗めの緑と合うので

良いチョイスだと個人的には思います。

 

最後に緑色です。

緑色は農業と天然資源を表しています。

農業はケニアの主要産業であり、GDPの約30%を占めています。

紅茶、コーヒー等が主要な品目です。

 

天然資源に関しては鉱業は余り無いようです。

石油は近年発見されたようですね。

後は自然という意味あいでしょうね>天然資源

 

さて、忘れてはいけない2本の白線。

これは国民の統一と平和を象徴しているとのことです。

どっちがどっちなのかは解りません!(笑)

 

 

次に中央の意匠について触れて行きます。

視ていただくと解る通り、盾と2本の槍を裏側で交叉させたものです。

この盾と槍はケニアでも有名なマサイ族の槍と盾です。

この意匠は国土と自由を守る、という意味を持っています。

 

民族固有の武具を標章に採用したのは、アフリカではケニアが初です。

 

因みに、この国旗は縦に掲揚する事が禁じられています。

 

では次に国旗制定までの由来や流れを…

 

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ケニア国旗の由来

 

ケニアに住んでいた先住民の平穏は…

割と長く続いたようです。

 

18世紀、アラブ人が沿岸部から内陸部まで進出。

奴隷貿易や象牙貿易が活発になりました。

 

19世紀、ケニア沿岸にイギリスやドイツが進出。

 

1888年、イギリスがケニア沿岸部を統治。

その後イギリスは鉄道を通し始め…

 

1902年、イギリスはウガンダを支配。

翌年にはウガンダまで鉄道が伸びる。

 

1920年、ケニアはイギリス直轄のケニア植民地となった。

翌年、ケニア独立に向けての政治運動が始まる。

 

1952年、イギリスの植民地支配に対して反乱が起きる。

このマウマウ団の乱は4年で平定された。

やだ…マウマウ団って可愛い…(おい)

 

1960年、ケニア・アフリカ人民族同盟(KANU)が結成される。

ケニア国旗の元となる党旗を作った党ですね、

 

1963年に英連邦王国として独立。

国旗が制定されます。

独立が宣言された1963年12月12日には、国内最高峰の山である

ケニア山の山頂にこの国旗が掲げられたという逸話もあります。

嬉しかったのでしょうね…(じ~ん)

 

1963年に共和制へと移行します。

こうして独立を果たしたケニアは今に至るのでありました!

 

 

ケニアの由来

ケニアの由来は独立の際に頂上に国旗を掲揚したとされるケニア山から来ています。

いやー解り易くて良いですねーこれでケニアの由来はおしま…

え?

そもそも論からしてケニア山はどーゆー意味かって?

ふ、ふふふふふ…

良い目の付け所ですね…

しかたない、ならば説明しよう!

 

まずケニア山は死火山です。

頂上付近に幾つかの氷河があります。

その氷河と黒い岩の作る形が鳥の「ダチョウ」の頭に似ているのです。

カンバ語で「Kinyaa」(ダチョウの山)と言いますが、ここから

ケニア、と来たという説があります。

もしくはキクユ語の「ケレニヤガ」(不思議な山)等諸説あります。

 

以上!!

どうでしたか!!

ご納得頂けましたでしょうか!!

 

因みにケニアには4種族52部族と多用な民族が混在しています。

そして観光業が割と盛んで、有名なマサイ族の村観光ツアー等もあるようです。

お金を払えば歓迎のダンスから写真撮り放題とのことです…

何処に行ったのですか…勇敢でプライドの高い「草原の貴族」の姿は(笑)

 

基礎情報(外務省HPより)

国名:ケニア共和国(背尼亜)

独立:1963年

国旗制定:1963年

旗比率:2:3

面積:58.3万平方キロメートル(日本の約1.5倍)

人口:4725万人

首都:ナイロビ

民族:キクユ族、ルヒヤ族、カレンジン族、ルオ族等

言語:スワヒリ語、英語

通貨:ケニア・シリング

時差:-6時間

国歌:おお、万物の神よ

 

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まとめ

・黒はケニア国民

・赤はケニアレッドと呼ばれ、解放闘争で流された戦士の血

・緑は農業と天然資源(自然)

・白は国民の統一と平和(そらまぁ4種族52部族もあればウン)

・交叉する槍と盾はマサイ族の伝統武器で国土と自由の防衛を表す

・ケニア・アフリカ人民族同盟の旗が元になった

・独立時、ケニア山の山頂で国旗を掲揚したという逸話もある

・国名はケニア山から由来している

・ケニア山はダチョウの頭に似ている事から現地語のダチョウ山から来た、

とか不思議な山から由来している、といった説がある

・観光業も盛んでマサイ族の村見学ツアー等もある

 

以上です。

如何だったでしょうか。

ケニア国旗は色の選択がね。

個人的にとてもハイセンスだと思います。

単純に赤を選ぶのではなく!

黒めの赤…日本的に言えば朱色とか柿色?当たりを採用したのはね。

本当に良いセンスだ…

と言いたくなりますね。

ケニア国旗について話す際はそこをね。

是非アピールして話をして貰いたい処です。

また、4種族52部族という多民族国家にも関わらず…

そこまで大きな衝突が起きていないのもポイント高いですね。

イデオロギーでの対立は時々あるようですが民族主義的な対立は

あんまり無いようなので…

良い事です…。

感心しますね。

そこらへんもハイセンスな国だったか…やりますねーケニア。

 

次回予告:キューバ国旗

キューバと言えば西半球唯一の社会主義国。

しかしその国旗はなんとあの国の国旗を参考にしていたのです。

なら国旗も変更しちゃえよ…と思わないでもないですが…

何故そうなったのか、調べていくとしましょう。

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