日本国旗の意味や由来

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実は日本の国旗は凄い昔からあるんです。

しかし、その昔からあるデザインが国旗として採用されるまでには波乱万丈(?)な物語があったのです。

もしかしたら日本の国旗は今皆さんが目にしている日の丸では無かったかもしれないんですよ。

ここでは日本の国旗がどのように制定されたかの物語について書いていきます。

また、良く混同される旭日旗と日章旗の違い、日の丸が法律できちんと制定されたのはつい最近だった?

といった話までやっていきますね

是非ご覧ください。

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目次

日本の国旗の意味

日本の国旗の由来や起源

日本の国旗と旭日旗の違いって?

日本の国名の由来

日本はどう読む?

人気者な日本の国旗

基礎情報

まとめ

日本の国旗の由来

日本の国旗について説明しますね。

まずトリコロールやトリコローレ、星条旗といった呼称があるように日本の国旗にもちゃんと呼称があります。

それが日章旗、です。

旗比率は2:3。

中央に意匠が入っている旗の比率としては良く採用されている比率です。

無理に奇をてらわない日本らしい(?)オーソドックスな旗比率と言えるでしょう。

次に、日本の国旗の図柄についてです。

日本の国旗は白地に赤い丸…日の丸…で構成されています。

日本国旗の中央の赤い円…これは当然太陽をモチーフとしています。

この赤い色は博愛と活力も意味しています。

日本国旗の白地の白色は神聖と純潔を意味しているとの事です。

さて、ここまでは序の口、ここからが面白く(?)なるところです。

日本の国旗の由来や起源

日像幡起源説

この日章旗そのものの起源は古く、701年にまでさかのぼります。

701年の新年の祝賀の儀式に使用されたのが最初と言われています。

儀式?誰が?とお思いでしょう。

それは当時の天皇であった文武天皇で、儀式で立てた日像幡(にちぞうばん)が日章旗の起源と言われています。

しかし、今の日章旗と日像幡はかなり違っていたようです。

というのも日像幡はそもそも旗というより幟(のぼり)だったとのことです。

せっかくなので画像を見てみましょう!

日像幡

日像幡 画像元:http://katori.cc/karasu/karasu-1.htm

えーとコレ…右側が日像幡らしいんですが…日の…丸…?

うーんなんかこれ見ちゃうと筆者的にはですね…

日像幡という言葉と日章旗という言葉が近いから起源と言われているだけなのでは…?

という気もします、が…判断は皆さん各自それぞれにお任せしますね!

まぁとりあえずこれが日の丸の起源の説の1つであるのは確かなようです。

この後、日の丸は武士社会へと受け継がれていきます。

源平の合戦から戦国時代へ

源平の頃には源氏が日の丸、平氏が白の丸…

ちょっと待てって?

いや、なんかですね、平氏は赤地に白の丸を描いた旗を掲げていたとかいう話があるんですよ。

ほら、運動会の紅白も源氏が白、平氏が赤と言われていますよね。

ね?ご納得頂けましたか?

さて!話を戻すと源平の合戦の後、勝ったのは源氏でした。

そしてその後に訪れる戦国時代…

俺は由緒正しい源氏の子孫だぜ!!

という事をアピールしたい武将は日の丸を掲げたのです。

源氏の流れを汲むというだけで正当性を主張出来る訳ですからお手軽だった訳ですね。

三国志の劉備が漢王室の末裔を自称するのと同じ事です。

因みに全く関係無い話ですが劉備が自分の先祖といっていた劉勝は…

なんと120人以上の子と孫を残しているので…名乗った者勝ちだったのでは?という…閑話休題

え?戦国武将が掲げてたの家紋じゃないのって?

いやまぁそうなんですよ。

ただ、連合軍で戦う時は日の丸を掲げてたという話があるんですよ。

例えば鉄砲三段撃ちで有名な長篠の戦(ながしののたたかい)では織田徳川連合軍も武田勝頼の軍も日の丸をつけていたとか…

双方に同じ旗が…ううむ…混乱しなかったんですかね?

次に歴史の表舞台に日の丸が登場するのはそう先の話ではありませんでした。

尚、余談ですが最近の説では三段撃ちは無かったのでは?という話もあるようです。

朱印船貿易

そう、朱印船貿易です。

日本の船であることを示すために必ず日の丸が船尾に掲げられていたとの事です。

こうなると国旗って感じがしてきますね。

江戸時代

さて、江戸時代に入るとどのように日の丸は使われたのでしょうか?

それは…日丸御城米積船という年貢米を運ぶ大事な船に掲げるように規定されていました。

なんだかんだいって扱いが良いですよね。

そしてぐだぐだなまま使われてきた日の丸がきちんと(?)使われる日が来るのです…

ペリー来航

黒船来航。

鎖国を貫いてきた江戸幕府を根底から揺るがす大事件。

来航してきたペリーは幕府にこういったそうです。

「日本の船には国旗が無いので所属不明船との区別がつかない。次くるまでに国旗決めておいてね!国旗つけてない船は撃ちます」

うん、筋通ってるようで結構無茶言ってる気がしますね?

まぁ所属が不確かな船は海賊かもしれないので困るんだよね。という話ですね。

それはともかくとして砲撃されちゃあたまらん!という訳で国旗を決めようということになりました。

これが1834年の事でした。

さてここであっさり日の丸に決まるかと思いきゃところがどっこい!

幕府の重鎮は幕府の旗であった中黒を推す人が多かったみたいです。

江戸幕府=日本の支配者=江戸幕府の旗で良い

こういう理屈ですね。

これに対して薩摩藩主・島津斉彬は日の丸を押します。

あれこれ話し合いがあった末…

最終的に日の丸に決定されたのでした。

これが対外的に日の丸が国旗として認定された最初と言われています。

長かったですね…昔からちょいちょい使われてて気付いたら国旗になってた日章旗といったところでしょうか。

しかし、まだ日章旗の受難は続くのです!!

何故ならあくまでも商船等に掲げる目印用の旗!

という話だったので正式に国旗として認められた訳じゃなかったんですね!何て事でしょう!

さて、参考までにもしかしたら日本の国旗になっていたかもしれない…

中黒の方を記載しておきますね。

これ、徳川の先祖の新田氏の旗なんです。

白地の中央に黒い線!

中黒旗

はいこれです!中黒旗 ウン、ただの鍋の蓋ですね(おい)

いや、吉川英治の私本太平記に新田氏の旗をそういう風に記述している箇所があったんですよ。

これになるならば日の丸で良かったなァと思います。

というか中黒旗だと遠目にあんまり目立ちませんよね多分。

海の上では何より解り易さが大事なのでやはり日の丸で良かったと思います。

日の丸はやはり目立ち易いですよね。

さて、正式に国旗になるまでのラストスパート、行きましょう。

正式の制定までの道のり

さて、商船用として認定された日章旗でしたが…認定した江戸幕府がそもそもなくなってしまいます(笑)

その後、明治維新で発足した新政府が日の丸を商用旗として承認したのは1870年でした。

太政官布告第五十七号によって再び日章旗が国旗(?)になったんです。

なぜ疑問符がつくかというと…この布告…日本船が目印として日の丸を掲げる事、と書いてあるだけなんです。

そう、日章旗は明確に国旗であると記されて無かったんです!

こうして日の丸は国旗(?)として正式認定されないまま時は流れ1999年8月。

国旗及び国歌に関する法律、によってついに日章旗は国旗として法的に制定されたのです!!

いやはや長過ぎましたねこの道のり(笑)

こうして晴れて日章旗は日本の国旗として認定されたのでした…めでたしめでたし

でも日章旗って良くやり玉に挙がってない?

というイメージを持ってる人も居ますよね。

それは旭日旗の事では?ということで日章旗の兄弟分である旭日旗について話して行きます。

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日本の国旗と旭日旗の違いって?

旭日旗は日章旗に降り注ぐ陽光を足したものです。

旭日旗も日章旗と同じく古くから使われており、特に九州の武士達がつかっていたようです。

何故島津斉彬は旭日旗を推さなかったんでしょうね…?

尚、旭日旗は太陽から光がぱーっと差している図案から晴れを意味し、縁起が良いとされていたようです。

旭日旗

これですね。旭日旗 現代ではスポーツ等の応援で使われているのを見た事がある人も多いのではないでしょうか?

他には漁船の旗にあしらわれていたりしますね。

さて、何故やり玉にあげられるのか…それは旭日旗の経緯を知れば解ります。

旭日旗は1870年に大日本帝国陸軍旗として採用されました。

更に1889年に大日本帝国海軍旗としても採用されたのです。

そして現在、陸上自衛隊、海上自衛隊、双方に自衛隊旗として採用されています。

軍旗として採用されていた過去があるんです。

その為かスポーツ等の応援で旭日旗を掲げると一部の団体や国からクレームが来たりするみたいです。

日本の国名の由来

日本という国名の由来はかなり古くからあります。

皆さんも日本史の授業で習った事があるはずです。

そう、聖徳太子が遣唐使に託した国書に記述されていたアレですね。

「日いずる処の天子」というやつです。

これに由来して日本は日出(い)ずる国を意味するようです。

因みに英語でのジャパンですがこちらも結構有名だと思います。

マルコポーロが書いた東方見聞録に黄金の国ジパング、と書いたところからJapan(ジャパン)が来たと言われています。

日本はどう読む?

日本の正式な読み方は結局ニホンなのかニッポンなのか…

この謎は2009年麻生太郎内閣の閣議決定により解決されました。

そう、どっちでもOK!!と!!!

いや、そうなんですよ。

「いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はないよね」という事らしいです。

人気者な日本の国旗

日本の国旗は昔から人気がありました。

明治時代にはフランスからデザイン良いから買い取らせて、という話もあったようです。

※ただの外交辞令という話もあります

他にもバングラデシュの国旗は日本の日章旗を参考にした、という話があります。

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基礎情報

国名:日本

建国年:660年

国旗制定日:1999年

面積:約37万8,000平方キロメートル

人口:1億2535万人(2010年10月)

首都:東京

民族:日本人、アイヌ人、他

言語:日本語

通貨:円

国歌:君が代

まとめ

• 赤は博愛と活力、白は神聖と純潔

• 日の丸は日章旗と呼称する

• 日章旗の歴史は古いが法的に正式に国旗となったのは1999年でつい最近のこと

• 旭日旗は日章旗に陽光を足したもの

• 日本の国名は遣唐使の「日いずる処の天子」より

• 日本の呼び方はニホンでもニッポンでもOK

• バングラデシュの国旗は日本の国旗を参考にした

以上です!

いやー国旗って国旗作るぞ!となった時に新しく作る事が割と多い気がするんですが…

そこはそれ、日本という国の独自性が国旗の制定にも表れていた感じですね。

支配者は変われど

天皇→鎌倉幕府→室町幕府→江戸時代→明治政府(以下略)

と移り変わりましたが民族は大和民族のままだったので…

独立の記念に!とか新しい国家建国の記念に!節目に!という感じではありませんよね。

そんな訳で新しく作るというよりも…

昔から使われていて慣れ親しまれていた日章旗が採用されたのではないでしょうか。

他の国の国旗の由来だとですね…

独立記念とか革命の時の~とか独立運動で使われていた旗が由来というのが多いんですよ。

そういう意味でもどちらかというと日章旗は珍しい部類の経緯を持っているかもしれませんね。

関連:日本国旗にそっくりなバングラデシュの国旗。果たして日本国旗に関係しているのか?

バングラデシュの国旗の意味や由来

次回は韓国!

運動会の万国旗でね。

韓国国旗視るとね。

子供心にはあの陰陽の太極図とか四方の四卦が不思議で不思議で…何だろう…って思ってた事…ありませんか?

その謎がついに解ける訳ですよ!!

こうご期待!

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