ウクライナ国旗の意味や由来

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ウクライナ国旗は青色と黄色の横二色旗です。

一見とてもシンプルなデザインのウクライナ国旗ですが、

そのウクライナ国旗のデザインには実はかなりお洒落な意味が隠されているんです。

 

ウクライナというのはこういう国!

というのを端的に表している実に粋な国旗と言えるでしょう。

果たしてウクライナ国旗にはどのような意味があるのか?

是非読んでみて下さい。

 

もくじ

ウクライナ国旗の意味や由来

ウクライナ国旗の制定の経緯

ウクライナの意味

基礎情報(外務省HPより)

まとめ

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ウクライナ国旗の意味や由来

ウクライナ国旗は横二色旗です。

配色は上から青色、黄色となっています。

 

旗比率は2:3。

オーソドックスな旗比率と言えます。

 

ウクライナ国旗の配色の由来ですが…

ウクライナ国旗の青色と黄色の配色はガリシア公国の紋章からと言われています。

これがその紋章です。

青地に金色のライオンの紋章ということがお解り頂けるでしょうか?

この青地と金色がウクライナ国旗の由来になっている、との事です。

 

ウクライナ国旗が最初にデザインされたのは1848年のことです。

この年にロシアからの民族解放旗として採用されたのがウクライナ国旗の始まりです。

 

他の説では、スウェーデン国旗の色にあやかった、という説もあります。

スウェーデン国旗

スウェーデン国旗も確かに黄色と青色の配色なので同じなんですよね。

何故スウェーデンの国旗にあやかったのかと言いますと、

1655年から1661年の間に行われた北方戦争において

スウェーデンはロシアと戦ったのです。

ロシアからの民族解放を目指していたウクライナにとって

スウェーデンの勇敢さはあやかりたいものだったようです。

 

次に色の意味です。

青色(ライトブルー)は青空を意味します。

国土を覆うどこまでも広がる青い空!

どうして空は蒼いのか!

という意味を持ちます。

 

黄色は大地を染めて実っている小麦の穂を表していると言われています。

他には小麦ではなく、向日葵である、という説もあります。

 

上が青色で下が黄色の配色によって青空の下、どこまでも広がる小麦(向日葵)畑!

というイメージが持てる訳ですね。

なんか凄く良いですね~ウクライナ国旗。

この事からもお解り頂けると思いますが、ウクライナは農業国家なんです。

だからこういう国旗にしたのか!と考えると成程なぁ…と思いますよね。

 

しかし…実はこの配色、最初に考案された1848年の時点では上が黄色で下が青色だったんです。

最初はそこまで深く考えていなかったのかもしれません。

 

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ウクライナ国旗の制定の経緯

ウクライナは元々遊牧民が住んでいました。

その後、ルーシという国が成立したりしていましたが、

再びモンゴルの侵攻を受け、その支配下に入りました。

 

モンゴル帝国が衰退した後、コサックという武人集団がウクライナに現れました。

コサックは各地で活躍しましたが、ウクライナはロシアとポーランド・リトアニアによって分割されてしまいます。

 

その後、18世紀から19世紀にかけてウクライナでは独立の機運が高まり始めます。

ロシア帝国とオーストリア帝国によってウクライナは弾圧をされていたからです。

 

1848年、ウクライナ民族の旗として、上が黄色、下が青色の旗が作られました。

これは独立ウクライナの旗と呼ばれています。

 

1917年、ロシア革命でロシア帝国が崩壊

 

1918年1月9日、ウクライナはウクライナ人民共和国として独立を宣言。

独立ウクライナの旗の色を上下入れ替えたものを国旗として採用。

ロシア改めソビエトの赤軍が侵攻してきて戦争となる。

1920年にはソビエトによって征服されてしまいます。

 

一方、ポーランドに支配されていた西ウクライナですが…

1918年、西ウクライナ人民共和国として独立を宣言します。

しかし、ポーランドにより侵攻をうけ、戦争状態となります。

西ウクライナ人民共和国とウクライナ人民共和国は合同しますが…

西ウクライナ人民共和国は1919年にはポーランドにより解体され支配下におさめられます。

 

ウクライナ人民共和国側はソビエトにより支配下に。

 

その後、ソビエトとポーランドがウクライナ全域の支配権を握って戦争が起きました。

1921年にはソビエトが勝利し、ウクライナ全域はソビエトの支配下へと入るのでした。

 

余談ですが、西ウクライナ人民共和国の旗もウクライナ人民共和国の旗も同じだったようです。

ウクライナ・ソビエト社会主義共和国となり、国旗もこのように変更されました。

ウクライナはソビエトの元、辛い時代を過ごす事となります。

当初はウクライナ化が推進されていましたが、すぐロシア化に路線変更されてしまい

ウクライナの文化は弾圧を受ける事となりました。

 

1921年から22年の飢饉、1932年から33年の飢饉。

この後者の飢饉は虐殺として認定されています。

ソ連は人為的に飢饉を起こしてウクライナの人々の多くを殺した、と言われています。

何故そのような事をしたかと言いますと、農業国家であったウクライナには農民が多かったのです。

農民達はソビエトが推進していた土地の共有化に対して反抗的でした。

その為、農民を減らしたかったようです。

 

そして第二次世界大戦がはじまります。

ドイツがソ連へ侵攻を開始し、ウクライナは戦場となり、多くのウクライナ人が死にました。

第二次大戦が終わると、国際連合加盟国として国連総会に入る事が出来ました。

国旗も1949年にはこのようになりました。

が、当然ソ連の傀儡に過ぎなかったようです。

 

1986年、チェルノブイリの原発事故が発生し、ウクライナも被害を受けました。

 

1991年8月24日、ソ連が崩壊し、ウクライナは独立を果たします。

1992年1月28日、国旗を復活させたのでした。

 

ウクライナの意味

ウクライナというのはウクライナ語から来ています。

ウクライナ語の地名の頭につくu

辺境という意味のkurai

地名の後ろにつくna

の3つを合わして辺境地の地(国境地帯)を意味するu kurai na となっています。

 

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基礎情報(外務省HPより)

国名:ウクライナ

独立:1991年8月24日

国旗制定:1992年1月28日

旗比率:2:3

面積:60万3700平方キロメートル(日本の約1.6倍)

人口:4260万人

首都:キエフ

民族:ウクライナ人(77.8%)、ロシア人(17.3%)、ベラルーシ人(0.6%)、モルドバ人、クリミア・タタール人、ユダヤ人等

言語:ウクライナ語、その他ロシア語等

宗教:ウクライナ正教及び東方カトリック教。その他、ローマ・カトリック教、イスラム教、ユダヤ教等

通貨:フリヴニャ

国歌:ウクライナ国歌

時差:-7時間

 

まとめ

・ウクライナ国旗は2:3の横二色旗

・ウクライナ国旗の青色は青空を意味する

・ウクライナ国旗の黄色は大地に広がる小麦を意味する

・ウクライナ国旗の配色はガリシア公国の紋章に由来するという説がある

・ウクライナ国旗の配色はスウェーデン国旗に由来するという説もある

・ウクライナ国旗は最初は独立ウクライナの旗と言われており、上が黄色、下が青色だった

・ウクライナはポーランドとロシアに分割統治されていた

・ウクライナはロシア支配下で辛い目にあっていた

・ウクライナはウクライナ語で辺境の地という意味を持つ

 

以上です。

ソ連が解体してよかったね…

と、思わず思ってしまうウクライナの歴史でしたね…いやはや。

 

ただ、青空の下に広がる小麦畑、という国旗のイメージはとても良いと思います。

実に素晴らしい!!

個人的にはとても好きですね!

 

皆さんも是非、ウクライナ国旗は青空の下に広がる小麦畑(向日葵)というのを他の人に話してみて下さい。

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コメント

  1. seraph71 より:

    国旗の青と黄のイメージ通り哀しい歴史を経て穏やかで素晴らしい国であって欲しいです。プーチンに代表されるロシアの侵攻は人類の愚かさ恥であります。他の民族をお互い尊敬することができるくらい度量のある人物が国の代表であって欲しいです。ウクライナの人々に幸あれ。

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